文化庁メディア芸術祭の受賞作品見てたら面白そうなもの発見。
「MORISAWA fontpark2.0」
とりあえず遊んでみた。
http://fontpark.morisawa.co.jp/blogparts_publish.html?id=nvq5u7jhv8b5ktd
http://fontpark.morisawa.co.jp/blogparts_publish.html?id=qsefemya3nznue2
モリサワ書体を分解して絵を描こうという子供心いっぱいの作品。
とにかく文字の動きと音が気持ちいい。文字を消すときは画面外に放り投げるっていうのも好き。
シンプルだが操作性は悪く、結構大雑把に描くことしかできない…ねらってますな。
描いてみると分かるけれど、操作性もさることながら、数千数万ある文字種×書体から選択するのがめちゃめちゃムズい。先人達はどのようにしてあれほどクオリティーの高い作品をつくれるのだろう。なんか悔しいので何度も描いてしまった。ハマります。
Profile
- 宇佐美毅 / うさみたけし / USAMI Takeshi (-2014)
- 福岡市, 福岡県, Japan
- ■ 宇佐美毅(うさみたけし) □ 1982生。福岡市在住。九州芸術工科大学卒(画像34期)、芸術工学博士、九州好青年科学館 館長、アニメーション作家、ディレクター、イラストレーター □ USAMI Takeshi, Fukuoka, Japan, 1982-, Kyushu Kouseinen Science Museum Art Director, animation Directer, Illustrator ■ ABOUT □ 本サイトは宇佐美毅の制作日誌と作品紹介のサイトとして運営してきましたが、2015年より現在は休止中となっております。 ■ ご依頼あれば→usa3take4@annolab.com
2008/12/11
2008/12/06
寒空に鳥
2008/12/04
モビール問題
僕はこれまでどれだけのものに目を瞑って来たのだろう?
人は人生においてどれだけのものを無いものとして来たのだろう?
東京の「いせ辰」で買ったモビールを眺めながらふと疑問に思った。
中学か高校で学んだことを元にすると、中心からの距離×重りが同じならば釣り合う(図の上)のは解る。なのに実際には釣り合っていない場合でも棒が傾いた状態で釣り合ってしまう(図の下)。
理系の博士課程に在籍しているという自負をかなぐり捨てGoogle検索しようとしたけれど、何の単元だったか思い出せなくて面倒くさくなったので、やっぱり自分で考えることにした。 ……どうやら棒の重さと重り全体の重心が釣り合っているという状態なのだろう。解決した。
学校教育では『棒の重さ(と厚さ)は無いものとする』ことが前提だったし、暗黙の了解ともされていた。この『無いものとする』視点が疑問の始まりだったわけだ!
問題が僕の脳みその方ではなく、学校教育の方にあったことが解り、ひと安心。 しかしながら、うかうか風呂に入って布団で寝てもいられない。
この調子で、人は人生に於いてどれだけのものを無いものとして来たのだろう?
大前提となる問題をうやむやにし、効率と結果だけを求めてきた結果、こんな簡単な問題もGoogle無しでは解けなくなってしまったという人類の悲劇。これは……由々しき問題だっ!!
追伸
僕が子供の頃NHKの『高校講座』で秋山仁氏が「0.999…=1」であることの証明を行っていた。非常に興味深いと思ってちょこっと調べてみると、学者たちの壮絶なドラマをにじませた奥の深い問題であることが解った。だがしかし、完全を求めすぎる行為を傍から見ると笑けてくるのも事実。学問とは崇高であると同時に滑稽なものなんだなあ。
wikipedia「0.999…」参照。
人は人生においてどれだけのものを無いものとして来たのだろう?
東京の「いせ辰」で買ったモビールを眺めながらふと疑問に思った。
中学か高校で学んだことを元にすると、中心からの距離×重りが同じならば釣り合う(図の上)のは解る。なのに実際には釣り合っていない場合でも棒が傾いた状態で釣り合ってしまう(図の下)。理系の博士課程に在籍しているという自負をかなぐり捨てGoogle検索しようとしたけれど、何の単元だったか思い出せなくて面倒くさくなったので、やっぱり自分で考えることにした。 ……どうやら棒の重さと重り全体の重心が釣り合っているという状態なのだろう。解決した。
学校教育では『棒の重さ(と厚さ)は無いものとする』ことが前提だったし、暗黙の了解ともされていた。この『無いものとする』視点が疑問の始まりだったわけだ!
問題が僕の脳みその方ではなく、学校教育の方にあったことが解り、ひと安心。 しかしながら、うかうか風呂に入って布団で寝てもいられない。
この調子で、人は人生に於いてどれだけのものを無いものとして来たのだろう?
大前提となる問題をうやむやにし、効率と結果だけを求めてきた結果、こんな簡単な問題もGoogle無しでは解けなくなってしまったという人類の悲劇。これは……由々しき問題だっ!!
追伸
僕が子供の頃NHKの『高校講座』で秋山仁氏が「0.999…=1」であることの証明を行っていた。非常に興味深いと思ってちょこっと調べてみると、学者たちの壮絶なドラマをにじませた奥の深い問題であることが解った。だがしかし、完全を求めすぎる行為を傍から見ると笑けてくるのも事実。学問とは崇高であると同時に滑稽なものなんだなあ。
wikipedia「0.999…」参照。
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